近年、肥満は治療ができる時代になってきました。肥満治療・メディカルダイエットなどと呼ばれることもあります。
ここでは肥満の科学と医療に関しての概要を説明します。
1. 肥満の科学的基盤
肥満は単なるカロリー摂取の過剰や運動不足の結果ではなく、遺伝的要因、環境要因、代謝異常、神経内分泌系の異常が関与する複雑な疾患である。近年の研究では、エピジェネティクスや腸内細菌叢が肥満の発症に深く関与することが示されている。
(1) 肥満の定義
- BMI(Body Mass Index)18.5未満:低体重
- 18.5〜24.9:正常体重
- 25.0〜29.9:過体重(Overweight)
- 30.0以上:肥満(Obesity)
- アジア人では25以上を肥満とする基準もある(WHOアジア基準)。
- 体脂肪率基準男性:25%以上、女性:30%以上で肥満と定義されることもある。
- 内臓脂肪と皮下脂肪内臓脂肪の蓄積はメタボリックシンドロームとの関連が強い。
(2) 肥満の分子機構
① エネルギーバランスの破綻
- 摂取カロリー > 消費カロリーの状態が持続。
- 高カロリー食品の過剰摂取と食欲調節機構の破綻。
- 身体活動の不足(デスクワーク、移動手段の変化)。
② 遺伝的要因とエピジェネティクス
- FTO遺伝子(脂肪蓄積に関与)。
- MC4R遺伝子(メラノコルチン-4受容体、視床下部の食欲制御に関与)。
- モノジェニック肥満(LEP, LEPR, POMC異常など)。
- エピジェネティック変化(DNAメチル化、ヒストン修飾)により胎児期や幼少期の栄養状態が肥満リスクに影響。
③ 神経内分泌制御
- レプチン(脂肪細胞から分泌される食欲抑制ホルモン)。
- 肥満ではレプチン抵抗性が生じる。
- グレリン(胃から分泌される食欲促進ホルモン)。
- インスリン(糖代謝調節ホルモン)。
- インスリン抵抗性が肥満と関連。
- 視床下部–腸–膵軸の異常
④ 腸内細菌叢(マイクロバイオーム)
- Firmicutes/Bacteroidetes比が肥満者で上昇している。
- **短鎖脂肪酸(SCFAs)**が腸管ホルモン分泌を介して代謝調節に関与。
## **2. 肥満と関連する疾患**
肥満は**メタボリックシンドロームの中心**となる要因であり、全身に影響を及ぼす。
### **(1) 代謝疾患**
– **2型糖尿病(T2DM)**(インスリン抵抗性)。
– **脂肪肝(NAFLD, NASH)**(肝臓に脂肪が蓄積)。
– **高血圧**(肥満による交感神経亢進、レニン・アンジオテンシン系の活性化)。
### **(2) 心血管疾患**
– 冠動脈疾患(心筋梗塞、狭心症)。
– 脳卒中(脳梗塞、脳出血)。
### **(3) 睡眠関連疾患**
– **睡眠時無呼吸症候群(OSA)**(首回りの脂肪沈着で気道が狭窄)。
– 睡眠の質低下(レプチン・グレリンの分泌異常)。
### **(4) 肥満関連がん**
– 大腸がん、乳がん、子宮体がん、前立腺がんなど。
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3. 肥満の医療
(1) 生活習慣の改善
① 食事療法
- DASH食(Dietary Approaches to Stop Hypertension)高血圧予防のために開発されたが、肥満にも有効。
- 主に野菜、果物、全粒穀物、低脂肪乳製品、魚、鶏肉、豆類、ナッツを中心とした食事。
- ナトリウム摂取を制限(1日2,300mg以下、推奨は1,500mg以下)。
- 加工食品の摂取を抑え、カリウム・マグネシウム・カルシウムの摂取を増やす。
- 時間制限食(Intermittent Fasting, 16:8)1日の食事時間を8時間以内に制限し、16時間の断食時間を設ける。
- インスリン感受性の改善、オートファジーの促進、体脂肪減少効果が報告されている。
② 運動療法
- 有酸素運動週150〜300分の中強度(ウォーキング、サイクリング)または75〜150分の高強度(ランニング、HIIT)を推奨。
- 心血管系の健康増進、脂肪燃焼促進。
- レジスタンストレーニング(筋トレ)週2〜3回、全身の主要筋群を対象に実施。
- 筋肉量増加により基礎代謝を向上させ、脂肪燃焼を促進。
(2) 薬物療法
- GLP-1受容体作動薬(セマグルチド、リラグルチド)インスリン分泌促進、食欲抑制、胃内容排出遅延を介して体重減少。
- SGLT2阻害薬(ダパグリフロジン、カナグリフロジン)腎臓でのグルコース再吸収を抑制し、尿中に糖を排出。
- オルリスタット脂肪吸収を30%抑制(リパーゼ阻害)。
(3) 外科的治療
- スリーブ状胃切除術(Sleeve Gastrectomy)胃の約80%を切除し、食事摂取量を制限。
- ルーワイ胃バイパス術(Roux-en-Y Gastric Bypass, RYGB)胃の一部を切除し、小腸の一部と吻合。吸収抑制効果がある。
- BPD-DS(胆膵バイパス術)強力な減量効果があるが、栄養障害リスクが高い。
## **4. 予防と社会的アプローチ**
### **(1) 公衆衛生戦略**
– **食品環境の改善**(加工食品・砂糖飲料の規制)。
– **学校・職場での健康教育**。
– **デジタルヘルス・ウェアラブルデバイスの活用**。
### **(2) 精神・心理的サポート**
– 認知行動療法(CBT)による食行動改善。
– ストレス管理(マインドフルネス、睡眠改善)。
5. まとめ
- 肥満は多因子疾患であり、単純なカロリー制限では解決できない。
- 最新のエビデンスを活用し、個別化医療が求められる。
今後の研究進展とともに、新たな治療法の開発が期待される。